朝ランの記録はつけた方がいい?続けるために役立った残し方
朝ランを始めたころ、記録はつけた方がいいのかなと少し迷っていました。
走った距離を毎回見た方がいいのかな。
タイムも残した方がいいのかな。
でも、細かくやりすぎると逆に面倒になりそうだな。
続けたい気持ちはあるけれど、記録までちゃんとやろうとすると少し重く感じる。
そんな感覚がありました。
結論から言うと、朝ランの記録は無理に細かくつけなくてもいいけれど、少しだけ残しておくとかなり助かると感じています。
自分にとって役に立ったのは、本格的な管理より、「やったことが見える」くらいの軽い記録でした。
僕はいま、朝に3km前後を走ることがあります。
37歳の会社員で、6歳の娘と0歳の息子がいて、今は育休中です。朝は毎回きれいに回るわけではないので、記録も完璧さより、あとで見返して気持ちが切れにくくなることを大事にしています。
この記事では、朝ランの記録はつけた方がいいのか、自分にはどんな残し方が合っていたのかを、やさしく整理します。
朝ランの記録で大事だったのは「分析」より「続いている感じ」だった
最初は、記録というと、距離やタイムをしっかり残すものだと思っていました。
もちろん、それが合う人もいると思います。
でも、自分にはそこまで細かくやる形は少し重たかったです。
朝ランを続けるうえで大事だったのは、分析より、ちゃんと積み重なっている感じが見えることでした。
今週は2回走れた。
先週より外に出られた日が多かった。
短い日もあったけれど、ゼロではなかった。
このくらいが見えるだけでも、気持ちはかなり変わりました。
朝ランは、頑張って1回やることより、少しずつ続いていくことの方が大事だと感じています。
だから記録も、続けたくなる形の方が自分には合っていました。
記録がないと、意外と「全然できていない気がする」ことがあった
これは自分にとって大きかったです。
記録を残していないと、少し休んだだけで「最近ぜんぜん走れてないな」と思いやすくなります。
でも、実際に見返してみると、短い日を含めて意外と動けていたことがあります。
10分だけの日。
家トレに切り替えた日。
外に出ただけの日。
こういう小さい動きも、自分の中では意味がありました。
記録が少しでも残っていると、それがちゃんと見えます。
だから自分には、記録は頑張りを増やすものというより、できていることを見失わないためのものでした。
自分に合っていたのは「短く残す」やり方だった
いろいろ細かく書こうとすると、記録そのものが面倒になりやすいです。
だから自分に合っていたのは、かなり短い残し方でした。
たとえば、
- 走ったかどうか
- だいたい何分くらいだったか
- ひとことだけ体の感じ
このくらいです。
「3km、普通」
「10分、少し重かった」
「外に出ただけでもOK」
それくらいでも十分役に立ちました。
朝ランの記録は、立派に残すことより、あとから見返せる形で軽く残る方が、自分には続けやすかったです。
タイムより「続けやすさ」に関係することの方が役に立った
記録というと、ついタイムやペースを中心に考えがちです。
でも、自分が見返して役に立ったのは、むしろこういうことでした。
- 何時くらいに起きたか
- 前の夜に準備できていたか
- 体が重かったか軽かったか
- 子どもの朝の様子はどうだったか
つまり、走る結果そのものより、続けやすかった条件の方があとで効きました。
朝ランを続けるには、速く走れた日を集めるより、「どんな日は回りやすかったか」が見える方が大事だった気がします。
このブログでもよく書いているように、朝の運動は気合いだけでは回りません。
記録も、その前提で考える方が自然でした。
毎回ちゃんと書こうとしない方が、逆に続きやすかった
以前は、記録をつけるなら毎回ちゃんと書かないと意味がない気がしていました。
でも、そう考えると少し休んだ日や忙しい日に書かなくなって、そのまま記録ごと止まりやすかったです。
だから今は、抜ける日があってもいいと思っています。
書けた日は書く。
短くでも残せたら十分。
忘れた日があっても、次からまた書けばいい。
このくらいのゆるさの方が、朝ランにも記録にも合っていました。
完璧な記録を続けることより、雑でも残り続けることの方が、自分には意味がありました。
「短い日」も記録に入れるようにしてから気持ちが切れにくくなった
これはかなり助かりました。
以前は、ちゃんと走れた日だけを記録したい気持ちが少しありました。
でも、それだと短い日や外に出ただけの日がなかったことになってしまいます。
実際には、そういう日こそ続けるうえでは大事でした。
10分だけの日。
1km台で戻った日。
家トレに切り替えた日。
これも自分の中では「つながった日」です。
そういう日も記録に入れるようにしてから、「最近全然できていない」という感覚が減りました。
朝ランは、長く走れた日だけでできているわけではないと、記録からもわかるようになりました。
記録を見返すと、「自分に合う形」が少しずつ見えてきた
軽い記録でも、続けていくと見えてくるものがあります。
たとえば自分なら、
- 前夜に準備した日は出やすい
- 寝不足の朝は短くした方が続く
- 週2〜3回くらいが今はちょうどいい
- 朝ランできない日は家トレの方が切れにくい
こういうことが少しずつ見えてきました。
これは、細かい分析というより、自分の生活に合う形を見つける感覚に近いです。
朝ランの記録は、他の人と比べるためではなく、自分の暮らしの中で回る形を知るためにあると考える方が、自分にはしっくりきました。
記録がしんどくなるなら、やり方を軽くした方がいいと思う
もし記録をつけること自体が重くなっているなら、無理に続けなくていいと思っています。
朝ランは、走ることが主役です。
記録の方が負担になってしまうなら、本末転倒になりやすいです。
そんなときは、
- 回数だけ見る
- ひとことだけ残す
- 週末にまとめて見る
このくらいでも十分だと思います。
自分にとって役に立ったのは、細かさではなく、記録が朝ランの邪魔をしないことでした。
これから始めるなら、このくらいの残し方で十分だった
もし今の自分が、これから朝ランの記録を始めるなら、まずはこのくらいにします。
- 走ったかどうか
- だいたい何分くらいか
- ひとことだけ体の感じ
たとえば、
- 15分、普通
- 10分、重かった
- 外に出ただけでもOK
これで十分です。
記録は立派に作るものではなく、続けやすさを助けるもの。
そう考えると、かなり気がラクになります。
まとめ
朝ランの記録はつけた方がいいのか。
自分にとっては、無理に細かくつけなくてもいいけれど、少しだけ残しておくとかなり助かる、というのがいちばん近い答えです。
役に立ったのは、
- 分析より、続いている感じが見えること
- 走ったかどうかを軽く残すこと
- 短い日や家トレの日も入れること
- 続けやすかった条件を見ること
- 記録を完璧にしすぎないこと
このあたりでした。
朝ランを続けるうえで大事なのは、きれいな数字を並べることより、自分の生活の中でちゃんと積み重なっていると感じられることだと思っています。
もし今、記録をつけるべきか迷っているなら、まずはひとことだけでも残してみるところからで十分かもしれません。
